最近、新聞広告などで良く見かける「亭主関白の椅子」という名の製品もその一例で、折りたたみテーブルや新聞雑誌を入れるポケットが付いていて座ったまま用が足りるのは魅力的だし、座り心地も悪くはなさそうだが、全体のイメージがいかにも「実用新案」あるいは「王様のアイデア」的に安っぽくて、長年愛用したくなるような魅力には決定的に欠ける。しかし、こういう商品がいみじくも「亭主関白の椅子」という名称で登場してくるのは、椅子式生活に移行してからの日本の亭主の大部分が、いまだ「私の椅子」を持つに至っていないという状況を如実に示す現象であるとも言えるだろう。
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「ただ居る」ための椅子の分野の日本製品で、デザインと座り心地を兼ね備えた唯一の例としてぼくが知っているのは、新居猛の手になる「ニー・チェア」というシリーズのデッキ・チェアで、これは現代のファニチャー・デザインの優れた例としてニューヨーク近代美術館に収蔵されたのもなるほどと思われるくらい合理的で美しい形をしていて、座り心地もなかなか良い。ぼくも若い頃、この椅子が市販されはじめたばかりの時代に購入して一時は愛用したものだった。しかしこれはキャンバス張りの軽い椅子だから、若者の部屋や別荘には似合っても、人生の秋を迎えようとする今のぼくにとっては、居間にどっしりと据えられて自分と一緒に年をとってくれるに足る重厚な魅力には欠けるのだ。